出合えて得した気分になった、沖田修一監督の映画『横道世之介』
誰でもそうだと思うが、新型コロナウイルスのせいで、家で過ごす時間がずっと増えた。
しかしデスクの前に座ってずっと仕事をしているわけにもいかない。ついつい横のタブレットに手を伸ばし、某通販サイトで無料で観られる映画サイトを立ち上げ、ラインナップから未見の映画を観てしまう。
普段、映画館で観るのはほとんどが洋画。邦画はあまり観ない。
しかしその日は洋画で興味があるものが見つからず、邦画の欄をあたっていてその映画に出合った。
『横道世之介』という作品(2013年)だ。
まずタイトルそのものに惹かれた。主人公の2人が高良健吾、吉高由里子で、知っている俳優だったことも観た理由かもしれない。
でも最初はスマホ片手に横目で流していた。
高良健吾演じる主人公横道世之介(よこみちよのすけ)は、長崎県から上京したばかりの大学1年生。入学式に通い、多くの友達に出会い、そのうち、お嬢様育ちの女学生与謝野祥子(吉高由里子)と仲良くなり、やがて恋に落ちる。どうってことのない青春映画なのだが、画面を観ていて、「おっ、これ観たことがあるぞ」と。武道館での入学式の雰囲気、外堀の桜並木、全部見覚えがある。友人の倉持一平(池松壮亮)と世之介がかわす「横道ってさ、ここ第一志望だった」「いや早稲田も受けたけど落ちた」というに会話。大学に入って私も何度交わした会話だった。
そうなると片目で筋を追っているわけにはいかない。
教室で友達に出会う場面やサークルへのしつこい勧誘など、私の大学時代の「あるある」が盛り込まれている。そういえば、映画の時代背景も1980年代と思われ、街の看板やクルマなども見事に再現されている。茶のスエードブルゾンに赤系チェックシャツにジーンズ、スニーカー という世の助のスタイル、私もそんな格好が好きで着ていた。
映画のシーンひとつひとつに、あんなことしたよね。こんなヤツ、大学にいたいた。そんなことを楽しんでいたら、映画のほぼ真ん中で、割と簡単に明かされる主人公の運命。これでどうエンディングに持って行くのだろうかと、途中からはその方法が気になって気になって仕方がない。しかし、この作品の結末は見事そのものだった。
監督は沖田修一。共同脚本も彼が書いているのでそれが素晴らしいのかと思いきや、映画の後、原作を手にしたら、ほぼ原作も一緒。原作は監督と1字違いの吉田修一。
学部や卒業年は違うが、なんと私と大学が一緒だった。“同時代”を感じたのはそのせいもあるだろう。
映画の話に戻ろう。主演のひとり、高良健吾は横道世之介そのもの。NHKの朝のテレビ小説『おひさま』に出ていた高良とは格段の差だ。普段は割とスレた役が多い吉高由里子は、お嬢様を演じている。大人になった祥子が西新宿からタクシーに乗って昔の自分と世之介を懐かしむシーンがある。眼だけで演技するが、それが心に染みいる。ゲイの友人、加藤役の綾野剛もいいし、不思議なパーティガール千春を演じた伊藤歩もいい。
これは同じ時代を生きた家内も観たら喜ぶと思い、数日後に某通販サイトを再び訪れた。しかしなぜかもう観られない。すぐに同じサイトでネットで借りるか、買おうとしたが、それもできない。配給会社との契約が切れてしまったのだろうか。こうなればDVDを買うしかない。翌日、DVDが到着、2人ですぐに観たが、終了後は2人とも声が出ない感じ。DVDには「観る者すべてが暖かな幸福感に包まれる」と書かれているが、そんな表現では絶対に足りない。
実は小説『横道世之介』には続編がある。
もちろんこれも読んでみた。舞台は前作から6年後の1993年。売り手市場に乗り遅れた世之介は卒業後も就職ができず、アルバイトとパチンコで食いつないでいる。そんなとき、シングルマザーの桜子や鮨職人を目指す女性浜本に出会い、運命のときを迎えるが、27年後の2020年、東京オリンピックで小さな奇跡が生まれるというストーリー。続編が出版されたのは昨年で、作者もまさか、コロナでオリンピックが延期になるとは思ってもいなかっただろう。前作同様、エンディングが素晴らしい。
せっかくこの作品に出合うことができたので、沖田修一監督の別の作品も観てみた。堺雅人主演の『南極料理人』もいいし、『キツツキと雨』に出ている小栗旬は途中までまったく彼とわからなかった。でも、それがよかった。『モヒカン故郷に帰る』も同じ感覚の映画。沖田監督で、今年公開予定の作品が2本もある。これは映画館で観なくては。
原作を書いた吉田修一の作品も何冊か買ってみた。
芥川賞受賞作『パーク・ライフ』にはコム デ ギャルソン・ジュンヤワタナベのデザイナー、渡辺淳弥のことが語られる。ラガーフェルドという名前の猫も出てくるし、吉田修一さん、もしかしたら私と同じように服好き? いやいや、そんなの一般常識だろう。そんな馬鹿馬鹿しいことを思いながら小説を読んでいたら、また映画を観たくなった。これで何度目だろうか、また『横道世之介』を観始めている。